原寸作図

【CADは図面ワープロではない】

図面で原寸図というと型紙を連想します。
材料に張り付けて切り出せば、そのまま部材が出来上がるあの型紙です。
縫製などでよく使われていますが、建設関係の図面は縮尺で拡大縮小されていますので
普段原寸図を見かけることはほとんどありません。
土木図面では1/100〜1/500くらいが一般的な縮尺で、
紙の原寸図つまり1/1の図面というものは存在しません。
それに対して、CADでは原寸で図形を作図します。
あるいはモデリングといったほうが適切でしょうか。
ここがCAD作図の特徴です。

土木は対象が地域なので、原寸図とは田圃に道路のナスカ絵を描くことになります。
ナスカ絵なんぞ、ヘリコプターでしか見られないような図面を描いていったいどうやって使うのだ
と疑問をもたれるかもしれません。
そんなややこしいことをしなくても、最初から1/250の縮尺で作図すればいいのでは
思われるかもしれません。
しかし、原寸作図の原則は土木CADに限らず建築や製造業のあらゆるCADで遵守されています。
プリントや表示用に縮尺することはあってもデータそのものを縮尺するCADはありません。
CADでは原寸作図が原則だからです。

またCADの作図精度を例にとってみてもとうてい紙の図面向きとはいえません。
普段変更図や施工図など工事管理図を手際よく処理しなければならない現場技術者は、
有効数字が10桁以上もある図面は不必要に精密だと感じるでしょう。
だいたい1/500の縮尺で平面図を描くのになんで213.085mなどとミリ単位で
作図するようになっているのしょう。
図面精度なら有効数字3桁もあれば十分です。
それに画面表示の倍率にしたって、ちょっと度が過ぎています。
遺伝子工学ならいざ知らず、土木図面を1万倍に顕微鏡拡大してどうしようというのでしょう。
拡大の場合、広域表示は土木の特徴ですが、それにしても隣町や北朝鮮までは必要ありません。
CADでは、果ては宇宙区間まで遠方に作図エリアが広がっています。
これでは作業中の図形が迷子になるわけです。
このような不便はCADにはたくさんありますが、いっこう改善される気配はありません。
というのも一般の常識とは異なりCADの本質は製図ソフトではないからです。

【ポケコンからパソコンへ】

CADはComputer Aided Designの略といわれるように、本来、機構解析や応力計算にもちいる
設計支援プログラムのことです。
設計・製造に関わるデータベースづくりがCADの本業といえます。
土木の分野では流量計算、XY座標計算、数量計算とその管理業務などをおもに担当しています。
測量の分野では土地の面積計算や測量誤差補正業務などがCADの担当分野となります。
製造業などではこの傾向がさらにすすんでおり、紙の図面の意味がだんだん薄れてきているようです。
データだけで設計、製造するCAD・CAM・CAEと呼ばれるコンカレント設計や
3Dモデリングなどです。
その3Dモデリングなどその最たるもので、原理的にももともと紙の図面出力など想定されていません。
こういうわけでCADプログラムにとっての出力図面とは、おおかたの印象とは違い
チェック出力程度の意味しかもたないことがわかります。

じつは土木分野でも、製造業に見られるようなこういったCAD本来の管理用ソフトが、
ずいぶん以前から業界に広く普及していました。
でも、そのCADのことはあまり知られていません。
それはポケコンによる座標計算プログラムのことです。
CASIOやSHARPなどのポケコンを施工管理に使われてきた現場監督さんも多いと思います。
この座標計算がCADの本業です。
これはかならずしも3Dモデリングとはいえないのですが、
これで十分三次元的な構造物の施工管理を行ってきたという経緯があります。

たとえば、公共工事を受注すると土建業者の担当は
かならず役所に座標一覧表のコピーを受け取りに来ます。
中心線、土地境界点、工事丁張などに必要だからです。
コピーした座標データはポケコンに入力されて工事に使われることになります。
この座標入力先がポケコンからパソコンに替わったのがCADと考えてください。
ですからCADの図面出力とはこのポケコンの粗末な画面表示をキレイに印刷しよう
とする機能ということになります。
これで線形図がプロッタで図面出力できるようになりました。
地形測量や平板測量もすでにCAD内部に座標値があるので
つづいてこれもで出力してしまえということになりました。
トータルステーションという座標管理測量器が普及していたからです。

【通常業務】

土木の通常業務として施工前の基準点の確認測量などがあります。
工事が完成した後で工区ごとの擁壁の位置が食い違ってしまったでは大変ですから、
丁張をかけるまえにそもそもその基準となるピンが正しいかどうかを確認します。
ここでCADを使ってみます。

ディスプレイで平面図を画面表示すると、各トラバース点が配置されているのが分かります。
ためしにNo.0のトラバース点を10倍程度拡大表示させてみます。
すると十字を円で囲んだポイント記号が現れてきます。
このポイント記号はあくまで図面表示用の記号なので、原寸では直径50cmほどの
マンホールほどの大きさをもっています。
原寸作図そのままでは図面にならないのはこういったところにもあらわれています。
つまり記号表示を現地にそのまま落とすとナスカ絵になっているということです。

さらに拡大して100倍にまで拡大します。
するとポイント記号の十字交線と2D基準点表示が現れてきます。
これを1000倍にまで拡大すると二つの点の違いがはっきりしてきます。
この場合、十字の中心が役所からコピーした成果の座標点で、おとなりの2D基準点(×印)が
現場で測ってきた座標点です。
十字の中心から2D基準点(×印)間の距離をキルビメータツールで測ってみると
9.**ミリの違いがありました。
これが与えられたデータと現場との差ということです。

さて、このつぎがCADを使った仕事になります。
この十字の中心を観測座標点にドラッグしてくるか、
それとも観測座標点を非表示にしてしまうかです。
つまりこの工事において、発注先から与えられたデータを使うのか、
それとも自分たちが精査したデータを使うのかです。
この場合、座標点が異なるとはトラバース点が9ミリ移動した可能性が考えられますので、
まずこれを確かめなければなりません。

測点ピンを確認するためクルマで出かけます。
現場に到着すると、ほかの基準点からテープを使って目標となる十字ピンを探します。
ピンは大抵ホコリに隠れているので目当てをつけて探します。
ピンは砂利道の真ん中にみつかりました。
なんと十字ピンのうえをダンプトラックが走り回っていたのす。
動くわけです。
いったいどこにピン打っているんでしょう、この測量会社は。
路面にピンを打つなとまではいわないが、なんで基準点網の起点ピンが
砂利道のまんなかに見つかるなんてことが起こるのでしょうか。

で、よく調べてみると、どうやら町の災害復旧工事が関係していることがわかります。
トラバースピン打ち込んであった路側擁壁が、
こんど新しくできた迂回路のまんなかになってしまったのです。
そういえば周りは広く盛土されていて、ガードレールも途中からはずされいました。
さすがに測量会社のミスではなかったものの、
ではこの9ミリをどうするかというCAD操作は残ったままです。
いまさらNo.0の基準点を移すのは勇気がいるし、さいわい9ミリくらいなら誤差
(4級基準点測量で5cmくらい)といことでごまかせないこともないし。
悩むところです。

ほかにも鉄筋のかぶり、擁壁の根入れ深さ、水路断面などなど
CAD操作に関わる問題はたくさんあります。
じつはこういう通常業務がおもなCADの仕事になるのです。
もちろんこれまでもそういう業務はありました、しかし紙の縮小図面では
通常業務を支援するだけの高い精度のデータを扱えなかったのです。
CADを単なる製図ソフトとい思っているとかんちがいしてしまうところです。

【エピソード1】

上記は架空のお話ですが、実際に自分の場合はバイパス工事での中心点のくい違いを経験しました。
バイパスの最終工区を担当することとなったときのことです。

まず現道と新道のセンター確認と、現地を測量しました。
測量結果は延長方向で10cm、横断方向で5cm最終点がくい違っていました。
原因を調べるためにまわりの基準点を探しましたが、杭が朽ちていたり、地形が変わっていたりで
ほとんど現存するものがありません。
結局後ろのバイパスの中間点まで遡って検測してみました。
中間点の基準点は丘の上の小学校の校舎の屋上にあったのでたいへん眺望に便利でした。
観測の結果は、新しく建設した新道のセンターが数センチ違っていました。
でもそれよりぴったり一致するはずの現道近くの座標点(基準点以外の測量座標点)も
またおなじくらい違っていたのです。

さっそくこのバイパス設計を担当した測量会社に電話しました。
8年前に測量してもらった座標値だけれども、自分たちで今度測ってみると
起点と終点で十数センチも違っているがどういうことかと問いただしたわけです。
担当者によると、この工区は延長が2km以上もあるので球面補正を加えている、
そのためそのまま検測結果を比較するわけにはゆかないというものでした。

球面補正とは地球が丸いことからくる影響を補正する計算です。
球面補正のひとつである球差はS^2/2R(S:観測距離、R:地球の曲率半径)となり
S=1.5kmで補正量は18cm程度です。
これに気差という大気の屈折量を加味すると両差という補正量となり、これだと15cm程度です。

この球差と気差の球面補正は、
起点と終点に器械を据えて両方向から天頂角を測定することにより帳消しになりますので
ふつう直接には測量計算にこの補正式が現れることはありません。
具体的には両方向からの天頂角を差し引いたものを1/2に平均するという作業で
高度角を求めて距離を算出します。
つまり基本どおり両側にトランシットを据えて天頂角測定をしていたなら、
こんなめんどうな球面補正など必要なかったということです。
したがって測量成果が球面補正されていると言うよりは、
自分たちの光波測距器による測量作業が
正規の手続きを踏んでいなかったというのが正直なところです。

しかし、これは困ったことになりました。
いきなり天頂角などといわれても、
いつもは光波測距器をボタンポンで距離をだしているのですから、
記録すらしていません。
さらにこのバイパス計画の任意座標系が測量規定どおりに基準面上に設定されていたとすれば、
つぎは地球の基準面上の距離に変換するために投影補正も必要になってきます。

ふうー
こんなややこしいこと、いくらバイパス工事でもできるわけがありません。
こういう手間を省くために工事区域には数多くの基準点を配置しているのです。
基準点杭や中心杭や地形測量用のトラバース杭などです。
この時もだいぶこれらの測量杭を探してみましたが
どれも朽ちたりなくなったりで現存していませんでした。
当たり前です。
高温多湿の山中にあるのですから5年ともつわけがありません。
山中になければ民地の邪魔になって撤去されています。

結局これまでの担当者は完成した工区の中心点(ピン)などを参考に工事を進めてきたのです。
たまに後ろに現存する基準点を検測してみても数センチの食い違いなのでよしとしていたのでしょう
たしかに現道に繋がるまでならそれでもよかったのでしょう。でもそれでは最後の人がたいへんです。
いまならさしずめ県庁舎か市庁舎に電子基準点を設置して
そこから直接センター杭を復元することになるのでしょう。

しかし10年も先だとそれも心配です。
地殻はプレートテクトニクスで、都市部ではさらに地盤沈下で地面は移動しています。
地震が起きると数センチレベル(北海道東方沖地震で40cm、
兵庫県南部地震で5cm)でいきなり地盤が動きます。
CADの精度が高くなるとといろいろ悩みも増えてくるようです。

【絵が死んでる】

以前事務所の造成用のCADの測量平面図を原図用にと、平板測量図を
ペンプロッタの0.18ミリファイバーペンの黒インクでA1版のマイラーに出力したことがあります。
道路、水路、擁壁、フェンス、近隣家屋などの地物や境界を平板測量で結線した基本地形図でしたが、
結局出力図面が業務成果に使われることはありませんでした。
プロのトレーサーによって原図として描き直されることとなったのです。
つまりCADの出力平面図をそのままでは、仕事には使えないということです。
(※ 構造図、展開図などの数量算出専用図面はまた別です)

CAD図面は確かにキレイには印刷されます。
精度が高いことも事実です。
でも図面としてはわかりにくい。
いきなりCADの出力を見せられても、使う方だってとまどってしまうでしょう。
「すごいね、とってもキレイな印刷で感心したよ。で、これはいったいなんの模様かね?」
「絵が死んでいる」と言われることもあります。
破線や線幅を分け、線色やマーカーを工夫しますが、器械の線ですから人が描くようにはできません。
実際ダヴィンチが製図したかのような講堂図や
写楽が引いたかのような等高線を眺めてきたものにとっては、
CADの出力図が模様のように目に映るのは仕方のないことです。

IT、イーティとお説教のようにマスコミで唱えられていますが、
ホンダのアシモ君をみればわかるようにまだまだ人間に置き換わる機械はあらわれていません
(もちろんダンプにかなう人間もいませんが)
ですから、このようにプロッタの出力された原図をトレースし直すのも、
傍目に見えるほどそうばかげた方法でもないのです。
じっさい測点網図を下敷きにして製図するなど、結構みんなやってることです。
手書きのままでよいのです。

自分のように烏口を使ったこともないという製図者とってはCAD出力以外に選択肢もないのですが、
これまでふつうに図面を描いてこられた製図者は
これまでどおりに手書きでまったく問題ないとおもいます。
なお、CAD出力した平面図は全然ダメ、というほど極端にひどくはありませんが、
図面を見る方にも理解する努力は必要です。

【比較表】

ここにこれまでの数値計算系の業務と自己流ですが、GUI系CADによる業務を比較してみます。

数値系製図 GUI系CAD
方式 代数学 幾何学
ソフト 手描きもしくは簡易CAD AutoCAD、VectorWorksや業界専用システムなど
ハード 製図用具、関数電卓 パソコン、プリンタ・プロッタ
精度 数値:高精度〜図面:低精度 高精度
生産性 高い 低い
担当者 熟練技術者 専門技術者から初心者まで
トレンド 斜陽 これからの主流

【GUI系CADの生産性】

せっかく大枚かけて導入したGUI系CADなのに、
かえっていままでより生産性が低くなっているというと怪訝におもわれるかもしれません。

たしかに「CADサンプル」で示したようにCADシステムは土木事業全般に広く応用されているます。
業界もCADシステムに移行しつつあるのも事実です。
しかし、それにもかかわらず、生産性についてはどうもこれまでの熟練技術者には
遠く及ばないのが現状です。

ITやインターネットの情報化時代がトレンドになっている世の中とは逆に、
土木では高度成長時代の方が生産性に優れていたように思います。
まわりを見渡してみても、CADに移行すると生産性は確実に落ちているようです。
そういえばつい先頃まで好景気の続いていた米国でもこのパラドックスが問題になっていました。
好景気の根拠となるべきコンピュータによる生産性の向上が確認できないというのです。
そもそも人工知能は人間にかなうのでしょうか。

以前チェスの世界チャンピオンがスーパーコンピュータに負かされたことが
大きく報道されたことがあります。
ついに人より賢い機械が出現したのかと驚いたものですが、どうも実態はだいぶ違っていたようです。
まず、このスーパーコンピュータDeepBlueはこの世界チャンピオンをまかすためだけに
専用に製作されたものでした。
またこのDeepBlueの
チェスプログラムには数十人からのプログラマーと
数百〜数千のスタッフや協力者が参加しました。
しかもスーパーコンピュータDeepBlue君は敵である世界チャンピオンの全棋譜を
あらかじめ学習させてもらっていたのです。
ひとりの熟練者(チャンピオン)を相手に数十億、数百億、
いやそれ以上の金がつぎ込まれたことになります。
結局世界中が寄って集ってこの世界チャンピオンを負かしたのです。
機械だけではとても人間にはかなわなかったのです。

対象がより複雑な土木でなおさらです。
たしかにCADはヴァーチャル空間といいカラフルなプレゼンテーションといい派手ではあります。
しかし熟練労務者から見ると「なにをテレビゲームで遊んでいるんだ」と軽蔑されかねません。
つまりやってることがまどろっこしいのです。
こういう例をみると、CADシステムは人の生産性に遠く及ばないことが分かります。

ただし非熟練労務者の場合は違います。
たとえば私はパソコンのチェスゲーム機に全くかないません。
980円のゲーム機にすらかなわないのです。
この場合は人ひとりの人件費が980円のゲーム機に置き換わるので
数千〜数万倍もの生産性拡大となります。
自分のように烏口やロットリングペンが使いこなせず、4桁の加減乗除も暗算できないような
非熟練労務者に限って言えば、CADも生産性の向上が見込まれるでしょう。

【数値系CADの生産性】

土木の特殊性もあって製図・設計分野では機械(CAD)よりも熟練技術者の方が
安くて速くて高品質な成果が得られるのですが、問題はその熟練技術者です。

熟練技術者とは経験が豊富で広い人脈と三次元空間の把握と土木知識と数値計算能力などを
兼ね備えたプロフェッショナルのことを言います。
この経験と能力のうち、計算能力のほうは年齢に強い制約を受けます。
熟練技術者の多くが高齢となっている現状では、
変化の激しい土木事業に対応できる熟練技術者は少なくなっているのが現状です。
また、世界の変化についてゆける熟練技術者ほどかえってGUI系CADのような
新しい技術には目がないというパラドックスもあります。

以前河川災害の見取り平面図をCADで製図してみたことがあります。
自分の出力図がなんか変な平面図になったので、
成果品に使えるかどうか、下請けさんが提出してきた隣の水系の図面と比べてみました。
その下請けさんの図面は地形線はロットリングで、
計画線は鉛筆で、文字はキャドライナーで描かれていました。

担当さんに聞くと、キャドライナー(文字ワープロ)は字がキレイなので、
最近はこればかりですよとのこと。
でも以前の手書き文字の方が見やすかったのですから、残念なことです。

図面は機械(CAD)にしないのですかと問うと
図面はどうもね・・・。線がね・・・。
たしかにCADの平面は図面というよりは布団の幾何模様に近いものです。
結局このCAD出力図もトレースし直したことでした。

やはり機械に人間とおなじことをさせようというのが無理だったのかもしれません。
ところが2年後おなじ測量屋さんに平面測量を頼んだら
もうCADの出力図面になっているではありませんか。
時代ですからねと、ぬけぬけとのたまう担当さんは、
以前より見づらくなったCAD出力図面をしかも大分遅れて提出してきたのです。
図面の品質が落ち、納期も遅れ、CADシステムなんてろくなもんじゃないなと、
この測量屋さんのようなエキスパートをみるとつくづく感じます。