むかし県展で田舎道の絵が印象に残ったことがあります
歩いたことのあるような、知ってるようで見慣れないような絵でした
南国の田舎道を描いていました
夏の炎天下でしょうか、麦藁帽がほしくなる日照りです
簡素なタッチでしたが、その道のことならなんでもここに記してありますよ、と作者が語りかけているような絵でした
では、と尋ねてみる
その砂利道には水道管は埋まっているのでしょうか
掘り起こしたら赤土ですか、川砂利ですか、あるいは瓦やコンクリート殻が出てくるのですか、それとも・・・・
それには砂利道を掘り起こしてみなければわかりません
では、と道を掘り起こしてみる
表土は砂利混じりでやはり堅かった。軽三輪がよく通るので締め固まっているのです
表土ではまず、枯れた草の根っこが現れた。雑草を刈ったあとのようです
場所によっては、とときどき瓦や茶碗のかけらが出てくる
昔は道をつくるときなんでもいらないものを捨てていたのです
そのうち50cmくらいは赤土になってすこし掘りやすくなった
水道管は結局埋まってませんでしたが、用水用の折れたコンクリート管が出てきました
そのしたにはどういうわけだか暗い色をした粘土がでてきて、急に掘りやすくなってしまった。
ほんとだろうか
そこからは・・・さて、もう想像が続かない。
もちろん想像だから本当はどうなっているのかは、写生現場を試掘してみなければ判定できません
しかし、「道の絵」と題しているその絵の作者は、その道について何でも知っていました。
毎朝通う人、通行するくるま、道の出来る前の風景までもしっていて、それを絵に記録してくれているのですが、肝心のそれを読みとる私の能力が足りないばかりにわずかなことしか読みとることができないのです。
文学青年のような文章になってしまい申し訳ありませんが、情報(暗号・暗示)解読という作業を説明したかったのです